The Threads of My Name    ~ truth, hope and... ~

The days of weaving a tapestry with my feathers

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冷静な眼差しで この地上の陰と陽を

左右に掻き分けていく


私はあの頃から 君を真似したくて

少し尖らした唇で 先へ突き進む


嘘みたいな I love you / 宇多田ヒカル




人の家に遊びに行って、

いちばん初めに気になるところ。


本棚。


キッチン(吉本ばなな)のみかげは、「台所」やと言ってたけれど、

私は、本棚。


CDの棚も気になるけれども、

字が小さいし背表紙に個性があまり出せないのが欠点やと思う。

少なくとも私にはあまり、そこからその音楽が聞こえてこない。

触れるまでの過程が、多すぎる。



本棚は、その人そのものやと思う。

その人の、血肉やと思う。

何を咀嚼し、吸収して、積み上げたかを、

そっと教えてくれてるような気がする。


だから、私は自分の本棚を誰かに見られるのは少し恥ずかしい。

本たちは、あまりにも多くのことを語りすぎると思う。


出会い、選び、手に取り、自分のものにしようとした、何か。



そして、私が一番好きな本棚は、

自分の本棚でも、我が家の本棚でもなく、


お兄ちゃんの本棚。




今日は、新しい住処に引っ越しをした兄夫婦の家を、

父と母とで温めに行った。


部屋の総面積とほぼ同じ広さのベランダを有する、

たまげた住処やった。

庭仕事を愛する義姉の、夢の空間からは澄んだ星空が綺麗に見えた。


その奥の部屋に、兄の本棚があった。

部屋の半分を占拠して、天井まで届くほどの手製の本棚。3面。


いつも心躍る。


読みたいと思っていた本は、兄の本棚に大抵収まっている。

そこには今の私が、さらに遠く深く展開されて整然と並んでいるような気がいつもする。


そして、私の本棚と同じ本が並んでいることも、最近はよくある。

同じ家に4人で住んでいた頃、私たち家族は、

同じ本を気付かずに買ってくるという不経済なことを、よくやっていた。


小さい頃からよく見知った本たちも、やっぱりちゃんとその新しい本棚に収まっていた。

絵本も、童話も、マンガもあの頃のままで。

同じ本を何度も何度も読んでもらって、2人で育ってきたんやった。


大好きやった絵本の話も、兄となら同じ温度で懐かしむことができる。

その場面に、2人同時に着地することができる。

これは、本当に幸せなことやとこころから思う。



思えば、お兄ちゃんの本棚は小さい頃からいつも、

私の羨望の的やったんやった。


お兄ちゃんの本棚には、いつだって面白そうな本ばっかりある。

どんな景色にそんなにも夢中になっているのか、いつだって興味津々やった。

でも、いつも内容はよく分からんかった。

小難しい本がほとんどやった。

でも、背伸びをして頑張って読んでみたりしたなぁ・・・



そうして何十年もお兄ちゃんの本棚を見つめてきた。



今は、私の本棚から、少しずつ兄の景色が見える。

お兄ちゃんの本棚は教えてくれる、

私たちが見据える先は、同じやって。



本は、遺伝子にとても似ている。

連綿と絶えることなく受け継がれてきた、情報と想い。

その本を書くために、その著者が読んできたであろう膨大な量の本たち。

そしてそのすべての本に同じことがいえるとき、

時を越え、遥か太古の一点に帰することを、また、想う。



今、私の部屋は、お兄ちゃんの本棚からごっそり借りてきた本たちで埋め尽くされてる。

約20冊。


いつ読むのだ。




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