The Threads of My Name    ~ truth, hope and... ~

The days of weaving a tapestry with my feathers

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西の魔女が死んだ

「おばあちゃん 大好き」

「I know.」

西魔女


「大好き」っていう言葉には、きっと魔法がかかってる。

言う人にも、言われる人にも、偶然聞いてしまった人にも、
魔法がかかる。

そして魔法をかけるには、思っているだけじゃだめで、
必ず音にして、外に出さないといけない。


    「大好き」


胸の真ん中に熱いなにかが温泉みたいに湧き出て
目からあふれ出す。


    「I know」    分かっているわ。


たとえ、分かっていても。




ある作曲家がこんなことを言っていた。
「ぼくがしていることはなにもすごいことじゃない
 ただ、空から降ってくる音を捕まえて並べてるだけなんだ」

言葉にすること

音にすること

何もないところからその音を捕まえてきて、
立ち上がらせる。

なぜその言葉を使うの?

創造

芸術

みんな同じこと。

そして、その何もないところには
すべてがある。

そこから、自分で選びだすんや。
すべての可能性から、ひとつづつ。

私の名前も、そう。

「このように生きろ」と父と母に立ち上げられた。

いのちと共に。

生まれて死ぬまで、どんな言葉よりも、どんな音よりも、
結晶化するまで、聞き、書き、発音する。
そして、そのように生きるんや。

それが名前
私にかけられた魔法。

魔法とはきっと言葉の持つ力や。
いのちを生かし、殺し、輝かせる。
見えないなにかに、姿かたちを与えるんや。
昔の人たちはきっとそれを知ってたんやね。


魔法の「魔」はきっと悪魔の「魔」じゃないと思う。



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