The Threads of My Name    ~ truth, hope and... ~

The days of weaving a tapestry with my feathers

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

いのちをたべる


いのちを食べてるんやな。

まるごと、咀嚼して 私になる。


受け入れたくないものが 山のようにある。

そんなものは吸収したくない。

そんな私はいらない、認めないって。


食べるとは、もの凄いことや。


物理的に、他者を受け入れる。


自分とひとつになることを、許す。


見分けも付かないほどに、ひとつになる。



でも、その瞬間瞬間ごとに、そんな風には

全然思ってないよね。



昔、深く傷ついて、何もかもが痛くて、これから生きていっても仕方がないと

思うほどに、自分を完全に否定していたとき、


夕飯に ほたるいか がでた。


その ほたるいか は、いのちそのものやった。


あまりにも力強く、生きるエネルギーに満ちあふれていて、


「怖い」 と思った。


初めての感覚やった。

その時の私なんて、一発で飲み込まれると思った。

私は毎日こんなものを食べて、生きてきたんやと思った。

鈍感やった自分に心底呆れた。


私はこの ほたるいかたちを、食べるに値するのかと思った。

美しく輝く彼らを。


でも、ほたるいかたちは、深い海の底からやって来てくれたんや。


私に 「生きろ」 と伝えるために。


「これからは、一緒に生きよう」 と。



恐る恐る、彼らを食べた。

いろんな味がした。

そしてそれはもう、味覚で感じてるんじゃないと思った。



本能的過ぎて、

いや、本能的過ぎるから。



食べること と 生きること

なぜ生きるために食べないといけないのか。

いのちがいのちを食べる意味。



彼らは、今も私と生きてる。

今日食べたきゅうりも。昨日食べたすいかも。あの頃の痛みも。

分かちがたく、私として。


死んだらあかん。

私たちには、生きる責任があるんやで。

あなたとひとつになれてよかったと、思ってくれてるやろうか。

彼らと共に、この瞬間も生きてるんや。



みんな私にいのちをくれてる。

みんな一緒に生きてるんやなぁ。



スポンサーサイト

ホメオパシー | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<Bagus! | HOME | >>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。