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The days of weaving a tapestry with my feathers

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「ひめゆり」 と 「靖国」 ⑤

「教育」


ひめゆりの女学生達を死なせてしまった先生達。

光の方へ導いていくべき自分たちが、子どもたちを戦場へ送ることしかできなかった・・・

捕虜になることは恥やと、捕まったら八つ裂きにされて殺されると教え、
捕虜になるぐらいなら、自決しろとその死に方さえも教えた彼ら。

正しいことを教えられずに、死ななくてもよかった人がたくさん死んだ。

本当は捕虜になっても、殺されることは絶対にない。
捕虜は、ジュネーブ条約で守られてる。

そういう本当に大切なことが教えられない時代やったんや。

先生達は、死ぬまで戦えと教えるしかなかった。

でも、もしその先生達が、死ぬまで戦うことが正しいことやと思っていたとしても、
最後にはきっと、この生徒達をどうにか守ってやりたい、
死なせたくないと思ったやろう。

だって、先生やもんな。



私の母は学校の先生で、いつも卒業式の国歌斉唱のときには起立しない。

それについてはいろんな意見があると思う。

私は、戦争問題やそれにまつわる問題について話す両親の
いろんな話を、門前の小僧のように小さい頃からわけも分からず聞いてきた。
でも、いつやったか、なぜ国歌斉唱のときに起立しないのか、
ちゃんと聞いてみたことがあった。

母は、先生になったときに誓ったんやと言った。
「先生達は、二度と自分の生徒達を戦場に行かせないと、誓ったんや」と。
子どもたちは、日の丸のもとに死んでいったんや。

あの頃の先生達が果たせなかった想い。

何が正しいかは分からん。
でもその話を聞いたとき、私は感動した。
濁りがないと思った。
もの凄く、純粋な気持ちやと思った。
靖国問題だろうが、天皇万歳だろうが反対だろうが、右翼だろうが左翼だろうが、
何もそんなややこしいことじゃないと思った。

生徒を何が何でも死なせたくない。

・・・・だって、先生やもんな。


今では、学校内で起立しない先生は母だけだと言っていた。
そんな母を、私は心の底から応援してる。


彼女は今年、定年を迎える。



この歳になって、両親に教えられることが山のようにある。
今、初めて分かることがある。

彼らが抱き、必死に目指してきたものが、ちゃんと兄と私の中で育ってる。
それはもう、驚くほどに。

私たちは世界一幸せな子供やと思う。

出会えて、よかったよ。


ありがとう


 
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