The Threads of My Name    ~ truth, hope and... ~

The days of weaving a tapestry with my feathers

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せかい


なにかをしようと思うとき、
みんないろんなことを考えると思う。

例えば、電車でまぁまぁ歳を取ったおばさんに席を譲ろうかなと思ったとき。

「あ、席譲ろうかな」→「あ、でもな、ひょっとしたら次で降りはるかもしれん」
→「それに、実はそんなに歳取ってはる人じゃないかもしれん」→「逆になんか
嫌な気分にさせるかもな」→「でもなー・・・・でもなー・・・・」・・・・・・

で、結局譲れなかったりする。

そんなこんなは、もちろん優しさからきてる。
いろんな可能性を考えていくんや。
最善をみんな選びたい。
相手が一番幸せやと思うことを、してあげられたら・・・みんなそう思ってると思う。

でも、相手がどう思っているのか、どう考えているのか、
どうしてあげたら、どう思ってもらえるのか・・・・
・・・その答えは果てしなく網の目のように永遠に広がっていく。

人が何を考えてるかは絶対に分からない。
どんな世界に生きてるのかを、絶対に知ることはできない。
そのおばさんが、席を譲って欲しかったのか、そうじゃなかったのか、
それは分からない。

どんなに愛する人でも。
24時間いつも一緒にいても。
その人の世界を知ることはない。

だから、
自分の思うことをやるしかない。
自分が「したい」と思ったことを、やるんや。

席を譲ろうと思ったなら、譲るんや。

それが最善。すべての最善やと思う。

そして、それしかできない。


・・・自分。

その自分を広げていくこと。

自分の世界を広げていくことでしか、
誰かと重なり合うことはできないのかもしれない。

長い時間をかけて大切に築き上げた自分の考えの壁が、
ガラガラと崩れていく度に、きっと解放されていく。
より広いスペースへと拡散し続け、
自分が少しずつ薄まっていく。

無くなっていくわけではなく、薄まるんや。


そこにきっと普遍がある。
すべての人があらゆるレベルで拡散し続けて、
そして、何もかも見分けが付かなくなるほどに密接に混じり合うところ。

わたしのせかい   あなたのせかい

同時に、そして永遠に重なり合いながら
でも決して、融合するほどには完全にひとつにはならない。

切望するのに、完全にひとつになりたいと。

私たちはいつも、ひとつになりたいと切望してる。


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