The Threads of My Name    ~ truth, hope and... ~

The days of weaving a tapestry with my feathers

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「ひめゆり」 と 「靖国」 ②

「ひめゆり」

『鉄の暴風』(沖縄戦でアメリカ軍によって撃ち込まれた、艦砲射撃60万発、
大砲による砲弾200万発の嵐のこと。これで沖縄の地形が変わった)
といわれたアメリカ軍の激しい砲爆撃のもと、日本軍は首里攻防の激戦に敗北。
戦況が悪化したことから、彼女たちに、戦闘継続は各自判断せよとの
突然の「解散命令」が出され、アメリカ軍が完全に包囲する戦場へ放り出される。

「捕虜になるな。捕虜になったら、国賊だぞ。家族も暮らしていけなくなるぞ。」

彼女たちは、こう教えられていた。
絶対に捕虜にはなってはいけない。捕虜になることは恥だ。
そして、捕まったら最後、男は八つ裂きにされて戦車で轢き殺され、
女は辱めを受けた後、股裂きにされて殺される、と。

だから、捕まりそうになったら、自決しろ。と、
手榴弾の抜き方を学校で教えられていた。

「生きて虜囚の辱めを受くることなく悠久の大義に生くべし」
これが、沖縄守備軍司令官の最後の命令だった。
悠久の大義とは、天皇のために死ぬこと。

天皇陛下のために美しく死ねと。

みんな「国のため」「天皇陛下のため」と、そう教えられていたから、
「捕虜になるな」と教えられていたから、自決する方法さえも、その通りに・・・

・・・でも、本当のその死の瞬間には、みんな
「助けて」「死にたくない」「助けて」と泣き叫びながら死んでいったと、
話してはった。

本当はみんな、生きたかったんや、と。

「死にたくない」って、
「もっと生きたい」って、
「こんな暗いところで、こんな痛みの中、隠れて、逃げて、死にたくない」って、
「もう一度、太陽の下大手を振って歩きたい」って、
「最後にもう一度、お母さんに会いたい」って、思って死にはった、と話してはった。


私たちは、ちっともヒリヒリしてないと思って、今日本で生きてる。
実感がないって、平和ボケしてるって。

私たちが今、こうしていること。
何も考えなくても生きていること。
したいと思うことができること。

全部、あのおばあたちが、そう望んでくれたからや。
強く強く、あの時、望んでくれたからや。

「解散命令の後、アダンの林や鋭くとがった岩陰を逃げまどっていた。
喉が渇いて渇いて、しょうがなかった。
とにかくなにか水を飲もうと思って、這いつくばって地面の水たまりのような
ところを見つけて、その液体を飲もうと思って顔を近づけたら、
もの凄い悪臭で、今思えば死体の血や腐敗したなにかや、もうそんないろんなものが
混じってたんだと思う、でも、それでもその水を飲んだ。
そして、その水を飲んでことで、『あぁ、水を飲んだ』という気持ちで、少し楽になった。」

これほどの喉の渇きを・・・・・
私たちは、体験することがあるやろうか・・・・

この話をしてくれたおばあは、絶対にもう二度と誰かに
こんな喉の渇きを体験して欲しくないと思ってると思った。

絶対に私たちにこんな思いをさせたくないと、
計り知れないほど深く、思ってはると思った。

私たちは、そうして守られてると思った。
いつもいつも、こんなにも深く深く、守られてる。


ヒリヒリと、生きる実感を持つって、どういうことなんやろう。
「私たちはあかん」って言えるやろうか。
何が足らんのやろうか。

「どうしたらいいんやろう」と、何度も何度も思った。
何を、どうするかも、全く分からんかったけど、
とにかく、そう思うしかなかった。


・・・きっと、私たちに本当に欠けているのは、

感謝 なんやろう。

本当の本当の感謝。

知り、学ぶこと。

知って、学ぶことで初めて、感謝できるのかも知れないと思った。

多くを学ぶことに意味はない。
ちゃんと知るということ。
その人達の歩いてきた道筋を通って。
ひとつ、ひとつ。


誰も悪くないと思った。

戦争は、誰のせいでもないと思う。

誰も悪くない。

誰もがそうなることができる。

私たちはみんな、あんなにも残酷に人を殺して、笑ってることだってできる。
誰もができるんや。


これが、人間なんや。


日々の何気ないことから、すべては起こってる。
戦争の火種は、今こうしてのうのうと暮らしてる私の中にも宿ってる。

ただ、人は誰かのためになんて絶対に死ぬべきじゃない。
それは違う。
そして、みんな思うように生きることを絶対に邪魔されるべきじゃない。

苦しみながら死ぬべきじゃない。
苦しみ と 死 は共にあるものじゃないやろう。

私は、そうあって欲しくない。


本当の苦しみとは、なんなんやろう。


                                 つづく
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「ひめゆり」 と 「靖国」 ①

今日は映画の日やったので、ずいぶんと前から見たいと思っていた、
「ひめゆり」を見に行った。

偶然にも、その映画館では少し前にいろんな問題で騒がれていた
「靖国」も上映していた。

まさか、自分が2本続けて、しかも、たった10分の休憩を挟んで、
こんなにも重く、濃縮されたドキュメンタリー映画を見るなんて、
夢にも思ってなかった。

でも、「ひめゆり」を見ている途中で、これは見なあかんと思った。
視点を変えて、見てみるべきやと思った。

彼女たちが、沖縄の人たちが死んでいかなければならなかった、
その恐ろしいほどの、時代という名の強大な波を、
ちゃんと見たいと思った。


2本見終わった後は、しばらく戻って来れなかった。

静かな、気持ちやった。

原民喜さんの、

「これが人間なのです」

という一文が、何度も何度も浮かんだ。

朝からほとんど何も食べずに、4時間ぶっ通しやったから、
なにか食べないとと思って、テラスのあるカフェで
少し遅めのお昼ご飯に、パスタのランチセットを食べた。

ゆで方がちょうど良く、付いてたサラダも美味しくて、
外はいい天気で、
・・・その、自分が居る場所というものを、もの凄く感じた。
満たされていて、嘘みたいやと思った。

胸がいっぱいになって、味がわからんくなった。

私は、彼女たちの、そして大勢の人たちの死体の上に、生かされてるんやと思った。
もっと、生きたかったのに。




「ひめゆり」

これは、第二次世界大戦の沖縄での地上戦の際に、従軍看護婦として
働いておられ、生き残られた「ひめゆり学徒」の方達が、実際の体験を
話してくださっている、長編ドキュメンタリー映画だ。

監督の柴田昌平さんが13年間にわたって、彼女たちにインタビューをし続け、
そして、映画の完成した今もずっとインタビューは続いているという、作品。

http://www.himeyuri.info/story.html

凄まじい惨劇が繰り広げられた場所へ、おばあたちは実際に行って
その時の体験を話してくれる。
彼女たちの語る記憶は、あまりにも鮮明でまるで昨日のことのように
触れそうなぐらいに、そこにあった。

「忘れたいことを 話してくれてありがとう」
という、副題が付いてる。

思い出すという作業が、実際にそこに行き、その壕の中に入り、
その死体で埋め尽くされていた海岸に実際に足を運び、
ありありと話すという作業が、彼女たちにとってどれだけの苦痛やったか、
想像することすらできなかった。

怖かった。

画面には、彼女たちの話す顔が映ってるだけやのに、
何度も目を逸らそうとしてる自分に気付いた。



・・・メッセージが濃厚過ぎて、私の中になかなか溶け出していかない。
ほんとの意味で、溶け込んでいくには、きっと、一生かかる。
一生掛けようと思う。

でも、今 感じることがある。

今しか書かれへんことがある。

                                  つづく
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