The Threads of My Name    ~ truth, hope and... ~

The days of weaving a tapestry with my feathers

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Metamorphosis


わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ・・・・・



蚕を飼ったことがある。



わしゃわしゃわしゃ・・・わしゃわしゃ・・・・・



蚕たちは、出会ったときからずっと 『わしゃわしゃわしゃわしゃ・・・・』 と、

この世の葉っぱを全部食べ尽くすんじゃないかと思う勢いで、

桑の葉(ペースト)を食べていた。


どんどんどんどん大きくなっていって、丸々と太ってきたと思ったら、

あんなに、「オナカヘッタダンス」を華麗に踊っていた子たちが、

ぴたっ と食べるのを止めた。

あまりにも唐突で、しかも、完全に何も食べなくなったから、

ドキドキしていると、


彼らは糸を吐き始めた。


細い細い糸を、まるで完璧な設計図があるかのように、迷い無く。


何重にも何重にも、交差させながら。


繭が織られていくにつれて、蚕たちはどんどん痩せ細っていった。

そして、それさえもその設計図にはちゃんと書き込まれていて、

あんなにふとっちょだった蚕たちは、

ちいさなちいさな真っ白の繭に包まれて見えなくなった。




時が来たら、ぴたっと食べるのを止めて、

教えられもしないのに、自分の繭を織る。

すべてを注ぎ込んで。

今までの、すべてを。

一心不乱に、一ミリの迷いもなく。


確かなものが、そこにあるんやね。


それに命を賭けることは、もうあまりにも当然のことで、

そこには、その絹の糸ほどのセンチメンタルも入り込めない。


透徹した美



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徒然なるままに | コメント:0 | トラックバック:0 |

Will

なぜいつも、このままずっと続くと思ってしまうんやろう。

なぜいつも、次の瞬間にはもう今なんてどこにもなくなるってことを忘れてしまうんやろう。

安心しきって、手を、つないでしまうんや。

今が、ずっとずっと続くと思ってた。


今は続かない。

今じゃない今が永遠に続いていくんや。


止められない。


もう、気の遠くなるぐらいの太古からはじまってしまってる。


誰にも、止められない。


享受するしかないんやろう。


すべては決まってる。


こんなに痛く苦しいと、もし分かっていたとしても、

でも私は、この人達と出会おうと思ったんやろう。



私はいつも距離感が掴めない。


どんなに気をつけても、もう大好きになってしまうんや。






徒然なるままに | コメント:0 | トラックバック:0 |

まちがいをおそれない

目に見えるすべてはやさしさと 遥かな君に伝えて
(流れ星ビバップ/小沢健二)



間違うことは、怖い。

なんで怖いんやろう・・・・

「自分」を知るんや。
そんなこともできない「自分」を。
ほんとはもっと大きいはずなのに、
これっぽっちやって。


情けない日々が、続いた。

感じたのは痛みと恐怖やった。
体感するということは、もの凄いことや。


でも、もう逃げない。
そう決めた。

痛みや恐怖や悲しみがあるのは、
わたしが、私を覆う目には見えないその殻を
ぐいぐいと内側から押してるからやと思った。

ほんとは、その殻に触れることすら怖いよ。


でも、その先に行く以外は、わたしにはもう何もない。


知らない世界とわたしの世界を、隔てる殻。



「壊せ」




今日部屋を掃除していたら、少し前に大切な友人がくれたコピーが目に止まった。
もらったときには入ってこなかったものが
勢いよく流れ込んできた。

彼は、この瞬間のためにこれをくれたんやろう。
ありがとう。

  人間らしさとは、「間違うことができる」ということ。
  間違えたり失敗したりできなくなったら、人間らしくなくなってしまうということです。

  人間は、他の動物がするように本能によって決められたレールを歩くだけでなく、
  そこから外れて、新しい道を自分で探し始めたのです。

  つまり、「自分で選ぶ」ことを始めたのです。
  
  ところが「選ぶ」ということには、間違う可能性が含まれます。
  私たち人類は危険を冒してまでも、なお「自分で選ぶ」道を選択してきたのです。
  決められた通りに歩くのではなくて、何度も失敗しながら、
  そのつど新しい道を切り拓いてきたのです。

  自分を育てること。失敗してもいいから自分で選ぶこと。
  決めてもらうのではなく、迷いながら自分で選ぶこと。
  転ばないようにではなくて、転んだらそのつど起きること。
  何度でもそのたびごとに起きあがること。
  そうした「自分」を育てること。

  もし、そうした「自分」が育っていなかったら、人間として・人間らしく
  生きることができません。
  そうした「自分」がなかったら、その人の人生を歩くことにならないと思うのです。

そして、最後に森有正さんの講演録『アブラハムの生涯』からの抜粋があった。

「これは全く一つの冒険であり、荒波に乗り出す航海のようなものです。
よい港に着くことができるかどうか、これは着いてみなければ分からない。
たった一つの羅針盤、羅針盤らしきものは、自分が内的に促しであると感ずることと、
またそれを貫こうとする意志だけであります。」



勇気が、湧いた。

勇気は、湧くんやな。

涙みたいに、胸のあたりからじわりと。

でも感触は涙とはぜんぜん違う。

かっちりと、頼もしい。まるで男友達のように。


勇気は、湧くんや。きっと、いくらでも。


私の中に、とうとうと豊かに流れる水脈。

掘りあてられるのを、いつもただ静かに待ってくれてる。


いつも そこにある。


徒然なるままに | コメント:0 | トラックバック:0 |

into

中へ。


私たちは、なぜ出て行こうとするのか。

そこにはなにもない。

ここにすべてがある。



「中心へ向かえ」

「深く潜れ」



海上の荒れ狂う波動も、そこには届かない。

光さえも届かない深海。



緩みきって、膨張しきったDNAが染色体へと収縮していくように。

両手で今、掻き集める。

外に広がる私を。

世界中に、地球中に、宇宙中に広がる私を。

広がろうと、する私を。


「中心へ」


世界の中心はここにある。



ほんとはね、

外の世界は、ないよ。

そして、あなたはいない。



ここに、ある。

あなたの世界は、ほんの5秒前にできた。



ホメオパシー | コメント:0 | トラックバック:0 |

Discovery and Creation

It's always there.

ALWAYS.

Science is discovering the principle of the universe.

We do not create it, but discover, dis-cover.


At the same time, we are a very strong creator.

I'd been longing to be a somebody, somebody very special.

But one day...I realised that I'm nobody.

I'm just, just a person who gathered things like somebody's ideas, thoughts and way of living.

That was one of the most hollowed-out moment I'd ever had.

"Am I nothing....?"


But the other day, a great teacher came in and told me that I'm everything.

He said that "information"and "knowledge" are completely different.

"Yes, you do gather sombody's information, ideas, thoughts and whatever,
but what you really need to do is changing the information into knowledge.
Accumulate any sorts of information, and pick whatever you want from the bank.
And weave the things into an unique "only one" tapestry in your way, your own way.
Nobody can do that but you.
That's "creation".
You can create everything with those information."

What you choose is what you are.

You can choose anything, anything you want.

You know that, don't you.



ホメオパシー | コメント:0 | トラックバック:0 |

証明

永遠を証明できるかな。

私が今ここにいることを、証明できるかな。

無限を証明しようとした数学者は
みんな狂ったらしい。

何を見たんやろう。

自分が存在することを証明できなかったのかな。

私が今生きてることを、証明できるのかな。


存在。

今、電車の中から外の景色を見てる私は、

・・・いるの?


みんな忙しそう。
どこに行こうかな。



あなたとわたしに、境界線があるから、わたしはわたしやと思える。
・・・境界線、が、あると思ってるから。

わたし。

わたしは、
あなたから跳ね返ってくる、幻影。

あなたがいないと、わたしはなにもないんやろう。

あなたが跳ね返してくれないと、何も見えないんやろう。

何ひとつ。

でも、あなたはわたしじゃない。

あなたが跳ね返す、見たこともないわたし。

そして、わたしは初めてわたしに出会う。

「はじめまして、なかよくしてね」


・・・でもそれは、ほんとにわたしかな・・・・


わたしが生きてることは、5つの窓を通してしか感じられない。

わたしはそれを通して、外の世界を見てる。

見て、嗅いで、聞いて、味わって、触る。

生きることは、感じること。

外がなければ、わたしは何もないのかな。


子供の頃、眠る間際に、死んだら何もなくなると思って、
永遠に続く暗黒の中にただただ漂うんやと思って、
怖くて父さんと母さんに泣きついたことがある。

「わたしは、いつか死ぬの?」

子供は知ってるんやろう。
きっと、まだ覚えてるんやろう。

わたしは何度も何度も死んだんやろう。


でも、死ぬことがどんなことなのか分からない。

死ぬことは、苦しいこと?

あまりにも、苦痛と結び付きすぎていて、
死ぬことは嫌やと思う。

もう、苦しみながら死ぬのはやめたい。

苦しみと死は、共にあるものじゃないんやろう。

生きることこそ、きっと苦しみなんや。


延命までして、生きるということ。

長生きをするのは、未だすることがあるから・・・

昔の人が短命やったんは、
ほんとに医療や衛生のせいかな。

そのことと、

今、自分がなんのために生きてるのか分からん人が多いこととは、
関係があるような気がする。


死ねない・・・んかな。


苦しんで死ぬのは、未だやり残したことがあるから。

葛藤があるということ。

生きるとは、それが無くなるまで、しっかりと無くなるまで、
生きるってことなんかな。

ホメオパシー治療を受けながら死んでいく人は、
死の瞬間まで、意識を保てると聞いた。
最後のその瞬間まで、ちゃんと自分と向き合うことができるということや。

最後の最後に、しっかり天寿を全うしたら、
死の瞬間、人は葛藤が無くなるんかも知れん。
すべてを、許せるのかも知れん。

だから、最期の一瞬まで生きないといけないんや。
逃げずに。
死ぬことからも、生きることからも、最後まで逃げずに。


きっと私たちは、本当はそんなに長く生きなくてもいいのかも知れないし、
同時に、本当は何百年も何千年も生きないといけないのかも知れない。

そして、だからこそ死ぬんやろう。

そうするしかないんやろう。
私たちは、繋ぐことを選んだんや。
長く長く、何千年も生きられるように。

途切れずに、確実に繋げていく方法。

伝え、繋ぐ。  子孫へ。
彼らの中で、続きますように。

永遠を。


母が、教育とは「文化の継承」だと、教えてくれた。
父が、私たちは今、歴史の頂点にいるんだと、教えてくれた。


それはきっと、まっすぐに続く一本の線じゃない。


環。


「永遠」も、

「すべて」も、

「ひとつ」も、


人間が証明できなくても。





ホメオパシー | コメント:0 | トラックバック:0 |

「ひめゆり」 と 「靖国」 ⑤

「教育」


ひめゆりの女学生達を死なせてしまった先生達。

光の方へ導いていくべき自分たちが、子どもたちを戦場へ送ることしかできなかった・・・

捕虜になることは恥やと、捕まったら八つ裂きにされて殺されると教え、
捕虜になるぐらいなら、自決しろとその死に方さえも教えた彼ら。

正しいことを教えられずに、死ななくてもよかった人がたくさん死んだ。

本当は捕虜になっても、殺されることは絶対にない。
捕虜は、ジュネーブ条約で守られてる。

そういう本当に大切なことが教えられない時代やったんや。

先生達は、死ぬまで戦えと教えるしかなかった。

でも、もしその先生達が、死ぬまで戦うことが正しいことやと思っていたとしても、
最後にはきっと、この生徒達をどうにか守ってやりたい、
死なせたくないと思ったやろう。

だって、先生やもんな。



私の母は学校の先生で、いつも卒業式の国歌斉唱のときには起立しない。

それについてはいろんな意見があると思う。

私は、戦争問題やそれにまつわる問題について話す両親の
いろんな話を、門前の小僧のように小さい頃からわけも分からず聞いてきた。
でも、いつやったか、なぜ国歌斉唱のときに起立しないのか、
ちゃんと聞いてみたことがあった。

母は、先生になったときに誓ったんやと言った。
「先生達は、二度と自分の生徒達を戦場に行かせないと、誓ったんや」と。
子どもたちは、日の丸のもとに死んでいったんや。

あの頃の先生達が果たせなかった想い。

何が正しいかは分からん。
でもその話を聞いたとき、私は感動した。
濁りがないと思った。
もの凄く、純粋な気持ちやと思った。
靖国問題だろうが、天皇万歳だろうが反対だろうが、右翼だろうが左翼だろうが、
何もそんなややこしいことじゃないと思った。

生徒を何が何でも死なせたくない。

・・・・だって、先生やもんな。


今では、学校内で起立しない先生は母だけだと言っていた。
そんな母を、私は心の底から応援してる。


彼女は今年、定年を迎える。



この歳になって、両親に教えられることが山のようにある。
今、初めて分かることがある。

彼らが抱き、必死に目指してきたものが、ちゃんと兄と私の中で育ってる。
それはもう、驚くほどに。

私たちは世界一幸せな子供やと思う。

出会えて、よかったよ。


ありがとう


 
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「ひめゆり」 と 「靖国」 ④

「ひめゆり」と「靖国」


この2つの映画を最も良く現している言葉は、

「静」 と 「動」

やと思った。

表面的に見ると、それは一目瞭然やと思う。

ひっそりと、ときには笑顔さえ見せながら、
沈黙と共に穏やかに話すおばあたち。
本当は話したくないと、もう忘れたいと思いながら、
何十年も、その思いを埋葬するように、
そっと土をかけてきた、おばあたち。

自分たちは正しいと、大声で叫びながら、
正義を主張し、まだ戦争は終わっていないと言わんばかりに、
旗を振り、軍歌を歌い、腰に刀を差して大勢で行進してる、軍服の人たち。
拡声器を通してまで、彼らには聞いて欲しいことがあるんやろう。



でも、ほんとは全く逆なんや。


靖国に参拝してる軍服の彼らは、完全に静止してる。
風が、通り抜けない程に、静止してる。
だからこそ、自分が動くんやろう。
風を感じるために。じゃないと窒息してしまうから。
叫び、自分はちゃんとここにいて、今生きてるんやと、
誰かに聞いて欲しくて仕方ないんやろう。
その刀はなんのため?ほんとは怖くて仕方ないんやろう?

おばあたちが、話しの間々に沈黙するのは、
その発狂しそうなほどの内面の怒りや悲しみを、
そして未だ昨日のことのように鮮やかにそこにある恐怖や痛みを、
そうすることでしか、抑え切れへんから。
おばあたちのその沈黙の中の叫び声を、何度も聞いた気がした。
彼女たちはきっと、もの凄く長い時間を掛けて、何度もそのあらゆる恐怖と向き合い、
話し合ってきたんやろう。
一人で、じっと。
「自分だけ生き残ってしまって、ごめんなさい」と、何度も何度も。


でも、ほんとはそんなもんじゃない・・・・全然ないんやろう。

「言の葉(ことのは)は語れても、言の根(ことのね)は語れない」

と言う一文があった。


ほんとは私が言えることなんて、何も無いんや。



                               つづく
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「ひめゆり」 と 「靖国」 ③

「靖国」

何がそんなに問題になったのか、一体どんな映画なのか、ドキュメンタリーなのか、
物語なのか、全くなんの情報もないまま、見た。

映画の冒頭は・・・本当に呆れかえってしまった。

終戦記念日に、靖国神社に集まる人たち。

日の丸を掲げて、胸に誇らしげに勲章を付けた軍服を着て、軍歌を歌い、行進してる。
「天皇陛下 万歳!」

まるで、戦時中やった。

びっくりした。

あまりにも滑稽で、笑ってしまった。

あまりにも滑稽で、そりゃ放映を妨害したくもなるやろうと思った。

『もう、戦争は終わりましたよ』 と教えてあげたくなった。


みんな死んでしまったのに・・・・


靖国に祀られてるのは、戦争で国のために死んだ「英霊」達だそうだ。
だから、戦死したひめゆり学徒たちもここに祀られてる。

毎年たくさんの人に、
「国のために死んでくれてありがとう」とお祈りされるのかな・・・

生きたかったのに

なんやろなぁ・・・
矛盾でおかしくなりそうやった。

軍服を着た人たちは、まるで夢遊病者みたいやった。
大声を張り上げて、どこを見てるんやろう。
なにも聞こえてへんねやろうな・・・


生きたかったのに、自分のために生きたかったのに・・・


おばあたちは、深い深い悲しみとともに、毎日毎日何十年も
静かに祈り続けてる。
「自分だけが生き残ってしまった」と。



「靖国」のワンシーンで、「靖国神社をもっと盛り上げよう」という集会に中国人(?)たちが、
小泉首相の靖国参拝反対を叫びながら乱入してきた。
集会に参加してた人たちが、その人達を引きずり出して
「中国へ帰れ!中国へ帰れ!」
と、その人達が靖国神社の門を出るまで叫び続けていた。

「中国へ帰れ!! とんでもねー野郎だ!おまえの居ることころじゃねぇ!!」

外国で暮らすということがどういうことか、少なからず私は知ってる。

胸がとても痛んだ。

誰かの国ってことが、本当にあるやろうか。

日本人ってなんなんやろう。中国人って、アメリカ人って・・・

何が違うと思う?



「君たちが、これからの世界の姿だ」

と、オーストラリア人の日本語の先生が、私たちに言ってくれたことがある。
彼も長い間日本に住んでいた。

「他の国に住み、いいところも悪いところも知り、
自分の国のいいところも悪いところも知ってる君たちが、
本当に公平に世界を見れるやろう。」

「みんなに教えてあげて欲しい。君たちの見たことをみんなに」


優しくて、温かくて、一生懸命な先生やった。
日本が大好きだ、と言っていた。
オーストラリアも大好きだ、と言っていた。

数年前に、彼がガンで死んだと友だちから聞いた。



「みんなに教えてあげて欲しい。君たちの見たことをみんなに」



私に何ができるやろう・・・・


                              つづく      



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「ひめゆり」 と 「靖国」 ②

「ひめゆり」

『鉄の暴風』(沖縄戦でアメリカ軍によって撃ち込まれた、艦砲射撃60万発、
大砲による砲弾200万発の嵐のこと。これで沖縄の地形が変わった)
といわれたアメリカ軍の激しい砲爆撃のもと、日本軍は首里攻防の激戦に敗北。
戦況が悪化したことから、彼女たちに、戦闘継続は各自判断せよとの
突然の「解散命令」が出され、アメリカ軍が完全に包囲する戦場へ放り出される。

「捕虜になるな。捕虜になったら、国賊だぞ。家族も暮らしていけなくなるぞ。」

彼女たちは、こう教えられていた。
絶対に捕虜にはなってはいけない。捕虜になることは恥だ。
そして、捕まったら最後、男は八つ裂きにされて戦車で轢き殺され、
女は辱めを受けた後、股裂きにされて殺される、と。

だから、捕まりそうになったら、自決しろ。と、
手榴弾の抜き方を学校で教えられていた。

「生きて虜囚の辱めを受くることなく悠久の大義に生くべし」
これが、沖縄守備軍司令官の最後の命令だった。
悠久の大義とは、天皇のために死ぬこと。

天皇陛下のために美しく死ねと。

みんな「国のため」「天皇陛下のため」と、そう教えられていたから、
「捕虜になるな」と教えられていたから、自決する方法さえも、その通りに・・・

・・・でも、本当のその死の瞬間には、みんな
「助けて」「死にたくない」「助けて」と泣き叫びながら死んでいったと、
話してはった。

本当はみんな、生きたかったんや、と。

「死にたくない」って、
「もっと生きたい」って、
「こんな暗いところで、こんな痛みの中、隠れて、逃げて、死にたくない」って、
「もう一度、太陽の下大手を振って歩きたい」って、
「最後にもう一度、お母さんに会いたい」って、思って死にはった、と話してはった。


私たちは、ちっともヒリヒリしてないと思って、今日本で生きてる。
実感がないって、平和ボケしてるって。

私たちが今、こうしていること。
何も考えなくても生きていること。
したいと思うことができること。

全部、あのおばあたちが、そう望んでくれたからや。
強く強く、あの時、望んでくれたからや。

「解散命令の後、アダンの林や鋭くとがった岩陰を逃げまどっていた。
喉が渇いて渇いて、しょうがなかった。
とにかくなにか水を飲もうと思って、這いつくばって地面の水たまりのような
ところを見つけて、その液体を飲もうと思って顔を近づけたら、
もの凄い悪臭で、今思えば死体の血や腐敗したなにかや、もうそんないろんなものが
混じってたんだと思う、でも、それでもその水を飲んだ。
そして、その水を飲んでことで、『あぁ、水を飲んだ』という気持ちで、少し楽になった。」

これほどの喉の渇きを・・・・・
私たちは、体験することがあるやろうか・・・・

この話をしてくれたおばあは、絶対にもう二度と誰かに
こんな喉の渇きを体験して欲しくないと思ってると思った。

絶対に私たちにこんな思いをさせたくないと、
計り知れないほど深く、思ってはると思った。

私たちは、そうして守られてると思った。
いつもいつも、こんなにも深く深く、守られてる。


ヒリヒリと、生きる実感を持つって、どういうことなんやろう。
「私たちはあかん」って言えるやろうか。
何が足らんのやろうか。

「どうしたらいいんやろう」と、何度も何度も思った。
何を、どうするかも、全く分からんかったけど、
とにかく、そう思うしかなかった。


・・・きっと、私たちに本当に欠けているのは、

感謝 なんやろう。

本当の本当の感謝。

知り、学ぶこと。

知って、学ぶことで初めて、感謝できるのかも知れないと思った。

多くを学ぶことに意味はない。
ちゃんと知るということ。
その人達の歩いてきた道筋を通って。
ひとつ、ひとつ。


誰も悪くないと思った。

戦争は、誰のせいでもないと思う。

誰も悪くない。

誰もがそうなることができる。

私たちはみんな、あんなにも残酷に人を殺して、笑ってることだってできる。
誰もができるんや。


これが、人間なんや。


日々の何気ないことから、すべては起こってる。
戦争の火種は、今こうしてのうのうと暮らしてる私の中にも宿ってる。

ただ、人は誰かのためになんて絶対に死ぬべきじゃない。
それは違う。
そして、みんな思うように生きることを絶対に邪魔されるべきじゃない。

苦しみながら死ぬべきじゃない。
苦しみ と 死 は共にあるものじゃないやろう。

私は、そうあって欲しくない。


本当の苦しみとは、なんなんやろう。


                                 つづく
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「ひめゆり」 と 「靖国」 ①

今日は映画の日やったので、ずいぶんと前から見たいと思っていた、
「ひめゆり」を見に行った。

偶然にも、その映画館では少し前にいろんな問題で騒がれていた
「靖国」も上映していた。

まさか、自分が2本続けて、しかも、たった10分の休憩を挟んで、
こんなにも重く、濃縮されたドキュメンタリー映画を見るなんて、
夢にも思ってなかった。

でも、「ひめゆり」を見ている途中で、これは見なあかんと思った。
視点を変えて、見てみるべきやと思った。

彼女たちが、沖縄の人たちが死んでいかなければならなかった、
その恐ろしいほどの、時代という名の強大な波を、
ちゃんと見たいと思った。


2本見終わった後は、しばらく戻って来れなかった。

静かな、気持ちやった。

原民喜さんの、

「これが人間なのです」

という一文が、何度も何度も浮かんだ。

朝からほとんど何も食べずに、4時間ぶっ通しやったから、
なにか食べないとと思って、テラスのあるカフェで
少し遅めのお昼ご飯に、パスタのランチセットを食べた。

ゆで方がちょうど良く、付いてたサラダも美味しくて、
外はいい天気で、
・・・その、自分が居る場所というものを、もの凄く感じた。
満たされていて、嘘みたいやと思った。

胸がいっぱいになって、味がわからんくなった。

私は、彼女たちの、そして大勢の人たちの死体の上に、生かされてるんやと思った。
もっと、生きたかったのに。




「ひめゆり」

これは、第二次世界大戦の沖縄での地上戦の際に、従軍看護婦として
働いておられ、生き残られた「ひめゆり学徒」の方達が、実際の体験を
話してくださっている、長編ドキュメンタリー映画だ。

監督の柴田昌平さんが13年間にわたって、彼女たちにインタビューをし続け、
そして、映画の完成した今もずっとインタビューは続いているという、作品。

http://www.himeyuri.info/story.html

凄まじい惨劇が繰り広げられた場所へ、おばあたちは実際に行って
その時の体験を話してくれる。
彼女たちの語る記憶は、あまりにも鮮明でまるで昨日のことのように
触れそうなぐらいに、そこにあった。

「忘れたいことを 話してくれてありがとう」
という、副題が付いてる。

思い出すという作業が、実際にそこに行き、その壕の中に入り、
その死体で埋め尽くされていた海岸に実際に足を運び、
ありありと話すという作業が、彼女たちにとってどれだけの苦痛やったか、
想像することすらできなかった。

怖かった。

画面には、彼女たちの話す顔が映ってるだけやのに、
何度も目を逸らそうとしてる自分に気付いた。



・・・メッセージが濃厚過ぎて、私の中になかなか溶け出していかない。
ほんとの意味で、溶け込んでいくには、きっと、一生かかる。
一生掛けようと思う。

でも、今 感じることがある。

今しか書かれへんことがある。

                                  つづく
徒然なるままに | コメント:0 | トラックバック:0 |
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