The Threads of My Name    ~ truth, hope and... ~

The days of weaving a tapestry with my feathers

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書くこと。

どこに行ってもいいよ。

彷徨い歩いてほしい。

漢字の持つ、凝集した硬さも。
ひらがなの、やわらかな素朴さも。

そう、選び出して。


一文字には、

本当は私なんか一発で吹き飛ばすくらいのパワーがある。
・・・永遠に無くならないぐらいの。



そうか・・・・・

私のこの想いは、どうしようもなくて、
触れなくて、見れなくて、手に取ることもできない。

表現すること。表に現すこと。

どうしようもない。

感触もなく、胸が苦しく熱くなるだけ。

この、どうしようもない想いを、表に出すために、話し、歌い、書くんや。

このどうしようもない想いに、今できうる限りのすべてのことをして、
最も近づこうと、もがくんやろう。

最接近。
しようと。

いつか重なり合おうと。

微妙な誤差も無くなるほどに、近づきたいといつもいつも。

思うように、自由自在に、少しの誤差もなく、この身体を使えるようになること。

赤ちゃんの泣き声も、バレリーナの指先も、大工さんのカンナも、
愛する人の手料理も、あの人の歌声も、笑顔も。
どんな人も、この世界にいる人間は、みんなみんなみんな。
自由自在に、思うように、出せるようになるために、何度も何度も何度も何度も・・・・・・・。


そして、マザーテレサが言うように。

「私は、自分が神の手のなかにある鉛筆のように感じます。
 主よ、私をあなたの平和の道具としてお使いください」

彼女を通して、世界中に広がっていったもの。
あたたかくて、透明で、目には見えないもの。


想いを、変換するんや。より正確に。いらないものを削り取りつづけて。

そして、それを表現するのに最も適した道具と方法が、ある。

あるんやと思う。


「音楽を通してしか、表現できないことがある。
言葉で語り尽くせたら、きっと音楽なんていらないでしょう。」
(ダニエル・バレンボイム、指揮者・ピアニスト)

あることを表現するために、絶対に必要な文法があるように。

漢字を選ぶように。
ひらがなを選ぶように。

女に生まれ、男に生まれるように。


だから、人の評価には全くこれぽっちも意味なんてない。


そうして、想いを、伝える。

それを使って、伝えたいことを、伝えられること。

ただ、伝えるために生まれてきたんやろう。

伝え、繋げるために。

だから、伝わったと思った瞬間、こんなにもあんなにも喜びにふるえるんや。



遺伝子は、そう言ってると思う。

遺伝子型と表現型


遺伝子は、「想い」を「表現」してると思う。


文字列の先にあるもの。
一文字の、意味を。

いくら分解していっても、答えは見つからないよ。

きっと、どこを切っても、同じものがみえる。


すべては、果てしなく層になって、全く同じことをしてる。




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徒然なるままに | コメント:0 | トラックバック:0 |


「ここから出して」 と、私のこの子はずっと言ってる。


もっと広いところへ、出してって。

出しても出しても、この子は言う。

「ここは狭いよ、私を外に出して!」って。

ここはもういいって。

苦しいって。


「こんなに狭いよ。知ってるでしょう?」

って、出しても出しても、この子は泣きながら言うんや。
ずっとずっと、泣きじゃくってる。

いつだって助けてあげたいのに。

『どうして欲しいの?』 と、たまらなくなって聞くと、
いつも決まってこう聞き返される。

「あなたはどうしたいの?」
そして、「私は、あなたの望むことしかできない」と。


この子には、ほんとに 謎 なんやろう・・・
こんなに限定されてる私が。


「あなたには、すべてを叶える能力があるのに」って。
「行きたいところへ行き、したいことをし、なりたいものになれるのに」って。
「あなたが望めば、叶わないことは何もないのに」って。


「知ってるでしょう?」

「そのために生きてるんでしょう?」



どんな人になりたいですかと聞かれたら、
私は迷わず 『この子になりたい』 と言うやろう。



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偉大なる隣人

「あなたには 幸せになって欲しい」

と、愛する友人に言われた。

なんだかこそばゆく、

「なによーそれ、どういう意味ぃ?」と茶化してみたけど、

彼の素直な目を見て、胸が、実はぎゅっとなった。
ほんまは、ホロリときた。

ありがとう。
私は、そんなことを言われることが、幸せやと思える。



友人は頼もしい。
いつも、ちゃんと傍にいてくれる。
つかず離れず、少し前やすぐ横やたまに後ろに。

自分が居る場所が分からなくなっても、
少し周りを見回したら、いつも誰かが傍を歩いてくれてる。

「大丈夫。この道であってるで」って。

偉大すぎて、いつも羨望の眼差しで見てしまう。
ほんとに。分かってもらえないかもしれんけど。

別れ際、その友人が無防備に電車に乗り込んでいく姿を見て、
何とも言えん気持ちになった。
男でも、女でも、どうでもいい。
たまらなく愛しいと思う。

愛しいと思う気持ちに、線引きはできない。

ぼわんといつもここにある。


私はただただ、それをいつも伝えていたい。
そう思うんやから、そう思ったときに、そう言いたい。

いつ死んでもいいように。

愛を伝えられないことが、この世できっと一番悲しい。

言葉じゃないというけれど、
言葉は、とても大切。

彼の言葉は、彼の想いやと思う。

それを伝えるために、言葉は生まれたんやろう。

伝わった私の胸は、その言葉で、あったかくなったんやから。
今もこんなにあったかいんやから。


素晴らしき、飛び道具やね。


そして、私たち自身も。

なにかを表現するために生まれてきたんやろう。

私たちを通して、豊かに溢れてきてしょうがないものを
外の世界に出すために。
そして、それが足りないところへと注ぎ込むために。

だから本当は、すべてが均等に満たされ合うはずなんやろう。

みんなそのための、美しい完璧な道具なんやろう。


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せかい


なにかをしようと思うとき、
みんないろんなことを考えると思う。

例えば、電車でまぁまぁ歳を取ったおばさんに席を譲ろうかなと思ったとき。

「あ、席譲ろうかな」→「あ、でもな、ひょっとしたら次で降りはるかもしれん」
→「それに、実はそんなに歳取ってはる人じゃないかもしれん」→「逆になんか
嫌な気分にさせるかもな」→「でもなー・・・・でもなー・・・・」・・・・・・

で、結局譲れなかったりする。

そんなこんなは、もちろん優しさからきてる。
いろんな可能性を考えていくんや。
最善をみんな選びたい。
相手が一番幸せやと思うことを、してあげられたら・・・みんなそう思ってると思う。

でも、相手がどう思っているのか、どう考えているのか、
どうしてあげたら、どう思ってもらえるのか・・・・
・・・その答えは果てしなく網の目のように永遠に広がっていく。

人が何を考えてるかは絶対に分からない。
どんな世界に生きてるのかを、絶対に知ることはできない。
そのおばさんが、席を譲って欲しかったのか、そうじゃなかったのか、
それは分からない。

どんなに愛する人でも。
24時間いつも一緒にいても。
その人の世界を知ることはない。

だから、
自分の思うことをやるしかない。
自分が「したい」と思ったことを、やるんや。

席を譲ろうと思ったなら、譲るんや。

それが最善。すべての最善やと思う。

そして、それしかできない。


・・・自分。

その自分を広げていくこと。

自分の世界を広げていくことでしか、
誰かと重なり合うことはできないのかもしれない。

長い時間をかけて大切に築き上げた自分の考えの壁が、
ガラガラと崩れていく度に、きっと解放されていく。
より広いスペースへと拡散し続け、
自分が少しずつ薄まっていく。

無くなっていくわけではなく、薄まるんや。


そこにきっと普遍がある。
すべての人があらゆるレベルで拡散し続けて、
そして、何もかも見分けが付かなくなるほどに密接に混じり合うところ。

わたしのせかい   あなたのせかい

同時に、そして永遠に重なり合いながら
でも決して、融合するほどには完全にひとつにはならない。

切望するのに、完全にひとつになりたいと。

私たちはいつも、ひとつになりたいと切望してる。



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ほんとは違う。

分かったようなことを言う自分が一番嫌いなんやろう。

だから口数の少ない人に惹かれるんや。

話さないことは、賢明やと思う。

私達は、ただでさえ愚かやのに、
これ以上さらけ出すなんて馬鹿げてる。

自分の愚かさを露呈してまで、外に出す必要はない。



でも、それでも言いたいことがあるんや。

何万回後悔したかわからん。

・・・そうしてしか分からないことがある。


嘘を付くことが一番嫌いやのに。

花


ほんとのことを言わないことが嘘を付くこと?

みんな自分の好きなこと言ってんのに。

ただ、目の前にいる人が笑っていて欲しいだけやのに。

・・・嘘が、ほんとのこともある。



自分が嘘を付いてないと分かる?



嘘を付くことが一番嫌いや。

何を守ろうとしたんやろう。


嘘を付くことが嫌いなのは、嘘つきやからや。

過敏に反応して、自分が発した言葉の中に
嘘がないか、チェックしないと不安なくらい、
本当は嘘つきなんやろう。

気持ち悪い。


ごめん。






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トシヲトル

今日は、美輪明宏の「黒蜥蜴」を観に行った。

まさか自分が美輪さんの「黒蜥蜴」を観ることができるなんて
思ってなかったから、夢のようやった。

美輪さんは、荘厳なバロック音楽みたいやった。
ちいさな、歩く山のようやった。

美輪さんが、男だとか、女だとか、そんな議論はクソやと思った。
ほんとはみんな、そうなんやろう。

「あなたを愛していますよ」

と言われていると、全身で感じた。
なにもかも、許されたような気がした。

脱力した。
涙が止まらんかった。
嗚咽して泣きたいと思った。

すげー・・・

圧倒的やった。
無抵抗のまま、押し倒されるみたいやった。
このまま、何もかも持っていってくれと思った。



最近歳をとってきたからか、
年上の女性にとても惹かれる。
40代、50代、60代、70、80、90、100・・・
名前を挙げれば、きりがないほどに。

自分はほんまにガリガリやと思わされる。
肉付きが悪く、バランスも悪い。

彼女たちの豊かな厚みを、その安定感を、
眩しく見てしまう。


歳を重ねないと、重ねられないものがあるんやろう。

毎日毎日を生きていくことでしか、
得られないものがそこにはあるんやろう。

そしてそれは、きっと私が羨望の眼差しで見つめてるような、
キラキラ光輝く美しいものから生まれるもんじゃないんやろう。

もっとずっと残酷で、汚くて、孤独で醜いものを、
何度も逃げて、隠して、掘り起こして、叩きのめされて、
目も逸らせないほど、眼前で突きつけられて、
死んでいった死骸が、堆積することでしか、
得られないのかも知れないなと、ぼんやり思う。

行くしかないんや。

確かめに。

そうする以外には、何もない。

怖いけど、その先に彼女たちがいるんなら、
方向を見失わないですむと思った。


もう二度と、歳をとることが怖いだなんて思うことはない。

無駄なものが全部死骸となって無くなっていって、
そうして最後には自分さえも無くなるんやろなぁ。

・・・なんて言ってても、それは分からん。

やっぱ、行くしかないんや。

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西の魔女が死んだ

「おばあちゃん 大好き」

「I know.」

西魔女


「大好き」っていう言葉には、きっと魔法がかかってる。

言う人にも、言われる人にも、偶然聞いてしまった人にも、
魔法がかかる。

そして魔法をかけるには、思っているだけじゃだめで、
必ず音にして、外に出さないといけない。


    「大好き」


胸の真ん中に熱いなにかが温泉みたいに湧き出て
目からあふれ出す。


    「I know」    分かっているわ。


たとえ、分かっていても。




ある作曲家がこんなことを言っていた。
「ぼくがしていることはなにもすごいことじゃない
 ただ、空から降ってくる音を捕まえて並べてるだけなんだ」

言葉にすること

音にすること

何もないところからその音を捕まえてきて、
立ち上がらせる。

なぜその言葉を使うの?

創造

芸術

みんな同じこと。

そして、その何もないところには
すべてがある。

そこから、自分で選びだすんや。
すべての可能性から、ひとつづつ。

私の名前も、そう。

「このように生きろ」と父と母に立ち上げられた。

いのちと共に。

生まれて死ぬまで、どんな言葉よりも、どんな音よりも、
結晶化するまで、聞き、書き、発音する。
そして、そのように生きるんや。

それが名前
私にかけられた魔法。

魔法とはきっと言葉の持つ力や。
いのちを生かし、殺し、輝かせる。
見えないなにかに、姿かたちを与えるんや。
昔の人たちはきっとそれを知ってたんやね。


魔法の「魔」はきっと悪魔の「魔」じゃないと思う。




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ペンギンの話

「人間なんていなくても 僕たちは何も困らないよ」

高校生の頃かな、NHKで『虹の彼方のH2O』という番組があった。
3週にわたり、生命が生まれるにあたって、
「100℃で沸騰し、0℃で凍る」という水の性質が、
どれだけ重要で、しかも完璧であったかをいろんな角度から
見ていく番組だった。

化学に初めて興味を持った瞬間だったかもしれない。
水について、そんな風に考えたことは一度もなかった。

中学の頃からか、だんだん少しずつ降り積もるように、
人間の横暴さに対して許せないと思うことが増えていた。
素晴らしい仲間に出会ったから。
彼らと一緒にたくさんのことを学び、話し合った。
人間としての基礎を教わった。
「友達とは、家族であり恋人である」と教えてもらった。

なぜ、世の中はこんなことになっているやろう。
人間がいろんなものを支配しているように見えた。
木々も、動物も、土地も、いのちも。
やりたいように、人間の地球やと言わんばかりに。
・・・でも、いつもどこか大切なネジがかけてる。

「万物の霊長」やと言われる人間。

そんなわけがない。
こんなあほばっかしの人間が、この世のすべての頂点にいる??!!
そんなわけない、ふざけるなと、
一体誰が何を根拠に言い出したんやろうと、
ずっとずっと思ってた。

みんな人間の話ばっかりする。
なぜ人間は食べられないんやろう。
食物連鎖に、なぜ入れない?
食い散らかすだけ食い散らかして、自分たちは食べられないんや。
なんで?
「私は死ぬときは鮫に食べられたい」と思ったりしてた。

人間のせいで、この地球はむちゃくちゃや。
私が呼吸する度に、自然は破壊されていく。
私が存在してることで、彼らを苦しめてるんやって。
生きていることが本当に申し訳なくて、
「人間だけが死ねばいいのに」と本気で思っていた。

そんな時、その番組を見た。

真っ白な南極の氷の上で2匹のペンギンが、
今やっと声高に叫ばれてる「地球温暖化」について話してる。

   人間のせいで、氷が溶けていく
   僕たちの住む場所がなくなっていく

   「人間なんていなくても 僕たちは何も困らないよ」

・・・ほんとにその通りやと思った。

もちろん本物のペンギンが言ってる訳じゃない。
でも、その通りやと思った。
人間のいない地球を想像してみた。
パラダイスやと思えた。
いつ想像してみても、そう思った。

そして、今もそう思う。


「17歳の夏休みを抱きしめて生きます。」 1995.9.9 0:00

私は予言者かもしれない(笑)
きっと永遠に抱き続けることが、ここにある。

ちょうど、大学に入るのかどうするのかと考え続けてた日々やったんや。
17歳の私は、こんな言葉たちを今の私に残してくれてる。
ありがとう。

   水に包まれた地球
   すごい きれいやと思った
   尊いと思った。
   水がきれいやと思った。
   緑がきれいやと思った。
   海はステキやと思った。
   ずっと潜ってたいと思った。
   空はきれいやと思った。
   雲に 乗りたいと思った。
   
   海の青と空の青
   緑、地球の青
   大気、太陽の光、雨、月
   
   地球はステキやと思った。
   とっても キレイやと思った。

   「この川や、木を、あなたはどうやって買おうというのか。
    この川の音や木の葉の音を聞かない人生なんて、
    一体どんな価値があるというのか」
   (虹の彼方のH2Oで紹介された話。インディアンが彼らの土地を
    買いたいと言ってきた西洋人に向かって言う言葉)

   どうして、絶滅なんてしないといけないのか。
   どんだけ机に向かったって、小さな虫一匹も、木の葉一枚も愛してやれない。
   ここはどこやろ。

   なんでも聞き入れて、川は流れる
   魚は泳ぐし、木も育つ
   合わせて、進化してくれる。
   何一つ、何一つ、何一つ、
   悪いことなんかしてないのに
   何もゆえへんよ。
   理解もしてやれない。
   生きてることは、やっぱり罪やん。
 
   きれいな地球、母なる地球
   生きてることって、どうして素晴らしいのか。
   英単語一つ覚えたら
   あの木々は返ってくるのか。
   何を学べば、あの森を救えるのか。

   そうやんな。返してほしいよな。
 
   地球ができて、生命が誕生して、
   キレイと思うこの頭脳は どうして生まれてきたのか。
   キレイより、そんな風に感じる心より・・・

   あぁ、何がほんとなのか
   何してるのか。
   これでいいのか、
   怒りを抱くべきなのか、
   わからなくなる。

   でもきっと、地球に、生きてる、
   すべてのいのち、
   宇宙のすべてのいのち、
   いっしょに暮らしてるのは 確か。

   私たちには神がいるけど
   彼らにはいない?
   神は人間か?
   人間だけを救うのか?

      こんだけ考える頭 いらんねんわ。
      そんなことゆったってかわらんやん!

   でも一つ忘れたらあかんことがある。
   地球と同じくらい、
   こんなステキな大自然くらい、
   人間も愛してた。気付いた。

   海や川や空や雲と同じくらい
   友達を愛してるよ。

   木々や、星や月くらい  
   家族も愛してる。
 
   何ができるか
   偽善者でもいい
   愛したい。
   全然あかん人間でも
   私なりに 愛せるようになりたいねん

   そっから。



そして、私はこの世界の美しさを見るために、オーストラリアに渡ったんや。

素晴らしかった。
自然とは、私が守ってあげるような弱々しいものなんかじゃ全然なかった。

何もかもが剥き出しで、力強く、息を吸い込むことも忘れるぐらいに鮮やかやった。
月明かりがあんなに眩しいことを、初めて知った。
暗闇やと思っていた夜空に、本当はあんなに星がちりばめられていることを初めて知った。

・・・ほんとに守るべきは、自分たちなんや。

自然から、はぐれてしまった
   
迷子の子供



私は何も変わらない。

でも同じ場所にいる私は、今こんなにも違う景色を見てる。

   大事なのは変わってくこと 変わらずにいること 

あの頃、乾いて乾いてもがき苦しんで彷徨い歩いてた砂漠に、
今、雨が降り続いてる。
私の砂漠を潤す、雨。
きっと、永遠にこの雨は止まない。

やっと、見つけたんや。

なぜ人間が「万物の霊長」といわれるのか。

あの頃から、ずっとずっと毎日毎日私は同じ問いをし続け、
そして、与えられたんやと思ってる。

そして、その問いはこれからも死ぬまでも、死んでも、
きっと続くやろう。

答えはないから。



    泉を発見した
    
    きれいで透明な水を湛えた

    覗いてみたが はるか深く

    底は見えない

    足をつけてみた

    心地良くて とても幸せ
 
    私はきっと 全身で感じたくなる

    そして 深く潜っていくやろう

    すべての海に 繋がっているとも知らずに


泉2


ホメオパシー | コメント:0 | トラックバック:0 |

水滴




目を細めて

あなたを見たら

あなたを見ずに

あなたのその空間を見たら

まんまるのあなたがみえる


目に映るあなたはまるで幻想のよう

霧をつくる微細な水滴のよう

わたしはその光り輝く虹をみてるんでしょう?


あなたは常に寄せては返す波

些細なすべてを永遠に描き続ける波紋です






ホメオパシー | コメント:0 | トラックバック:0 |

香水

香水を買った。

たまに、買う。2,3年に一度。
絶対に使い切ることはないけど。

今のところ、人生で5本(たぶん)。

今回の彼女は、一目惚れではなく、
私にしてはずいぶんと迷った。
3,4回お店に足を運んで何度も嗅いだ。

本当に忘れられなくなった。
試しに吹き付けた紙をずっと、持ち歩いてる鞄のポケットに入れてたら、
開けるたびに、ほんとに幸せな気分になって
「こんなものに包まれて、一日中過ごせたら・・・絶対にいい女になるわ」
と本気で思わされた。

Annick Goultal
Ce Soir ou jamais
この『スソワールウジャメ』が、Annickが最後につくった香水だそう。
彼女のことも、このブランドのことも何も知らずに
ただそのボトルの無駄のない可愛さと、
ただただその香りに惹かれた。

スソワールウジャメ


   トルコローズ、アンブレットシード、ハイビスカス、
   その他140種類の秘密のエッセンス。ある夏の日に思いがけなくたどり着いた
   小さな庭園の美しいバラ。アニックは繊細でミステリアス、
   緻密でほとんど野生に近いそのバラの香りを再現したいと強く思いました。
   そして長い年月をかけそのバラの香りは生まれました。
   様々な種類の花や植物で高められたトルコローズは、官能的で洗練された印象。
   永遠の秘密。


ほんの小学生の頃に、おばあちゃんと買いものに出かけたとき、
商店街に出ていた古本やさんのワゴンの中から、なぜか私は
どこかヨーロッパに住む男の子が(たぶん)その特別に調合された香水をかけると、
美しい女の人に変身するっていう少女漫画を選び出して、
おばあちゃんに「古本なんて汚いからやめなさい」と言われながら
買ったのを今でも覚えている。
その漫画で、「トップノート」「ミドルノート」「ラストノート」という言葉を知った。
その子は、香水が香っている間しか変身していることができず、
最後のラストノートに変化していくとシンデレラのように焦りだす。
そんなにはっきりとわかるもんなんだと、
子供心に、何度も何度もうっとりと読んだのを覚えてる。

私は匂いに敏感な方なので、自分の周りが良い香りだったら
それだけで幸せ。

山田詠美の「放課後の音符(キーノート)」で、
主人公のお父さんが、主人公に香水をプレゼントして言う言葉がある。

  「この香りを常に身につけていなさい。
   良い香りを身につける時間のある女性なら、たいていのことはカバーできる。」

この小説は、いつも周りに気をとられて自分はこれで良いのかと
オロオロしていた私に、たくさんのことを教えてくれた本だ。
擦り切れるまで読んだ。
「自分は自分だ」と、まっすぐに前を見つめてる素敵な女の子がたくさん出てくる。
自由に自分を表現してる彼女たちは、どんな話をしてもちっともいやらしくなく、
とても魅力的で、自分をありのままに出しても、こんなに魅力的でいられるんだと
とても勇気づけられた本。

ありのままでいいなんて、誰も教えてくれない。
本当に誰も教えてくれなかったと思う。
みんな、「あれがだめだ」、「ここを直そう」、「あなたはここをなおした方が良い」
ありのままでなんて、愛されないと思ってる。

本当は、私も、今でもそう思ってる。
そして自分にそう思うのと同時に、誰かに対してもそう感じてる。
・・・そして、そう感じる自分も、自分。
ありのままでいるには一体、どこまで行けばいいのかなぁ。
でも本当は、行くところなんてどこにも存在しない。

ここしかないんだ。

30歳になった今も、高校生の彼女たちは私の素晴らしいお手本だ。

香りは、目に見えないのに、でも、目に見えないからこそ、
あらゆることに染み込んでいくしなやかさと、
あらゆることを変えていく力強さを持っていると思う。

私がこの香りに惹かれ、そして選んだ意味がきっとある。
それがわかるまで、着けていたいと思った。



徒然なるままに | コメント:0 | トラックバック:0 |

Natrum muriaticum (nat-m, ナットムール、塩)


昨日、おとついと泣きながら
本当にどうしようもないと思って、助けて欲しくて、
また繰り返すのかと、あのコントロールできない程の、
まるでうねる波にぐちゃぐちゃに飲み込まれたときみたいな、

感情

隠れてただけやったんかな、見えないように周到に奥深くに。
何も変わらずに?
自分がどこにいたのか、何をしてきたのか、
一瞬分からなくなった。

「ナットムール・・・」と、思った。飲んだら楽になるかな、と。

TheNew Synoptic OneのNat-mの詩

  It is such a secret place, the land of tears.

  このレメディーのテーマは
  「思い出、悲しみを塩漬けにする」
  とても繊細で傷つきやすく、基本的には防御的で閉鎖的。
  傷つけられることを恐れ、自分の周りに高い壁(塩のバリア)を作る。
  人とは交流するが、決して本音では交流せず、
  あくまで表面的に理性・知性の部分で付き合う。
  それだけに内部の感情面は未熟な点が多く、
  塩の壁の内側は極めて裸のままの本質があり、
  強く「純愛」を求める。
  概して、理系の人が多い。

飲んでみようかと思った・・・でもやめた。
なぜか、もしバチッと効いてしまったら嫌やと思った。
無くしたくないと思ったんや。
辛くても、痛くても、無くなったと思ってもまた出てくるこの想いと、
ずっと一緒に歩いてきたんや。ずっとずっと。
そうやったんやなぁって、思った。

それがどういうことかは分からん。
どうなってるんやろう・・・
それが無くなった私はどんなんなんやろう・・・
「それ」って、何が無くなるっていうんやろう・・・

レメディーは、一体何を持って行ってくれるんやろう・・・

私が本当に持って行って欲しいのは何?
辛い気持ちじゃない。
痛い気持ちじゃない。
あの人の思い出じゃない。

ちゃんと、それがなにか知ってるよ。

それを、見るんやなぁ・・・

こうして自分が嫌になる度に、気付かされる。
そっからしか、始められへんねんなぁ。


「この病気とずっと付き合ってきたから、それが無くなった自分っていうのが想像できへん」
と、言っていた彼女の言葉が、何度も胸をかすめた。

こうして、どんなに離れていても、どんなに時が経っても
出会ったみんなが教えてくれたすべてが、いつも傍で大声で教えてくれてる。

だから私は大丈夫やと思える。

そして、だから、誰もに大丈夫やと言える。
ホメオパシー | コメント:1 | トラックバック:0 |

はじめました

やっと、念願のブログを始めることができた。

たくさんのことが今私の周りで動き出していて、始めるなら今しかなかったのです。きっと。



大切な仲間がたくさんできた大好きやった会社を先月いっぱいで辞めて、
もう2週間が過ぎた。



今日は本当に徒然なるままに・・・

昨日は・・・たいへんやった。
畳がびしょびしょになるかと思った。
ボロボロボロボロと、涙が出た。
こんなにもまだ出てくるんやと思った。
自分の中身が変形するかと思った。
もの凄い力で揺さぶられ、引っ張られ、ねじれた。

なんで・・・かは、わからんかった。
どんな気持ちでわたしはあの人と話したんやろう。
でも、ただあの人が自分の中でこんなにも
未だに巨大で微細な存在で、
私の細胞の隅々にまで分かちがたく入り込んでいるんやと、
知った。

知るということは、こんなにもヒリヒリと、むき出しの皮膚みたいに
痛いことなんやね。

・・・痛くなくなるまで、きっと痛い。

こんなに時が経っても感じるこんな痛みも、
全部全部、
これから色んなことがある度に感じるあらゆる感情も、
全部全部、
わたしとあの人との恋愛なんやと思った。

どれだけ薄めていっても絶対に無くならない、なにか。

・・・だから

恐れず、いこうと思った。

図3


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